通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影 |
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第2章 20万都市への飛躍とその現実 第6節 民衆に浸透する教育 1 大正デモクラシーと教育 1 初等教育 二部教授廃止建言書 |
二部教授廃止建言書 P641−P644 大正7年11月15日に、函館区公立学校児童保護会連合会は、渋谷区長宛ての二部教授廃止建言書を提出した。建言書は、それまでの二部教授問題の経緯を「当区立小学校二部教授施行ノ儀ハ区財政上已ムヲ得ザルノ措置ト拝承致シ開始以来既二十有余年ニ及ビ、児童教養上幾多ノ欠陥アルヲ見聞致候モ単ヘニ賢明ナル区当局ニ信頼致シ隠忍今日ニ至リ候」とまとめ、将来を見通して「聞ク処ニ依レバ二部教授ノ施行範囲ハ益々拡張致サレ本年度ハ更二三学年ニ及ボシ来年度ハ四学年ヨリ五学年ノ一部ニマデ及ボスベシト」と述べ、「之ニ依テ生スル児童教養上ノ欠陥如何ニ拡大スベキヤニ想到スレバ不肖ラ児童ノ保護者トシテ将タ区民トシテ到底袖手傍観スル能ハ」ずと、父母・区民の立場を明らかにしている。さらに義務教育の基本理念を「個性ニ応ジテ適当ノ施措ヲナスニ非ズンバ」「児童相互ノ被ル損害推察ニ難カラズ須ラク玉ハ玉トシテ益々琢磨シ石ハ石トシテ有用ノ材タラシメ強ハ益々強ニ導キ弱ハ補フテ以テ強タラシムルノ要アリ」と唱える。ここには、当時高まってきた新教育思潮の反映が見られる。個を大切にし、個人差に応じた個別指導を強調するものである。先に触れた女子小学校その他の学校で大正初期に始まった教育と同趣旨のものである。 次いで、二部教授廃止建言書の根拠たる二部教授の弊害の指摘に及んでいる。「不肖ラノ調査ニヨレルモ現下ニ於ル当区二部教授ニ依テ生スル児童教養上ノ時間ノ損害ハ実ニ甚大ナルモノアリ即チ別紙ニ示スガ如ク六個年ノ義務教育ハ事実ニ於テ全ク五個年ニ短縮セラルルノ結果トナリ斯ノ如クニシテ固ヨリ完全ナル教育ノ施サルベキ理由ナク」とし、時間数の不足からくる知育の面での弊害を「近来尋常科ヨリ進デ中等学校ニ入学セントスル当区ノ児童ハ其ノ競争試験ノ成績ニ於テ他市又ハ郡町村ノ児童ニ比シて著シク遜色アリ之レ尋常小学ニ於ル当区教育ノ不完全ヨリ生スル当然ノ結果ナルヲ思ハバ実ニ寒心ノ至リニ耐エザルナリ」と指摘する。普通教育の量的拡大のために手段を問わない政府、道庁および区当局の施策に区民の側からはっきりと、教育の質の維持を求めたものといえる。こうした主張の背景には当時函館でも成長しつつあった新中間層の願いがあったといえよう。 次に建言書は体育面への影響を指摘する。まず社会生活の第一歩を踏み出す新入児童に、ある時は午前またある時は午後の登校と時刻を変えることで、「心身ヲ安ンズル能ハズ」という事態が出現する。また「尋常六年ニ於テ中等学校入学希望者ノ為ニ特ニ準備教授ヲ施スヲ見ル之ヲ準備ト称スルモ畢竟二部教授ヨリ来ル欠陥ヲ補充スルモノニ外ナラズ即チ是等ノ児童ハ補充ト六学年ノ学科ト二重ノ学科ヲ習得セザルベカラズ而シテ猶来ルベキ競争試験ニ勝チヲ制シ得ルヤノ不安アリ顔色蒼然常ニ生気ナク真ニ見ルニ忍ビザル状態ナリコノ発育旺盛ナルベク又起居溌刺タルベキ時期ニ於テ此ノ如キ無用ノ苦痛ヲ与フルハ体育上如何ニ障害ノ大ナルヤ蓋シ想察ニ難カラザルモノアリ」と。 最後に徳育上の弊害について言及している。「義務教育ノ原則トシテ徴収スベカラザル授業料ヲ徴収セリ然カモ六個年分ノ授業料ヲ徴収シテ僅カニ五個年分ノ教育ヲ授クコレ妥当ノ措置ナルヤ否ヤ」「国家ノ命スル六年ノ義務教育ヲ完全ニ了ヘシメタリト言フヲ得ベキカ」「被教育者トシテノ児童ハ素幼稚者ナルガ故ニ之ヲ覚ラズ区ノ妥当ナラザル措置ヲ咎メザルベキ咎メストシテ敢テ顧ミザルモノトセバ抑モ不徳ヲ教ユルモノニアラズシテ何ゾ」「所謂教育ノ根本義タル徳育ハ教ユルモノ自ラ破ルモノニアラザルカ」と理詰めな主張が続けられていく。 建言書はさらに激しい調子で続けられる。「徴スベカラザル授業料ヲ徴シテ教育ノ根本義ヲ破壊シ知育体育共ニ支障ヲ来スベキ二部教授ヲ十有余年ニ渉リテ続行シ今日尚之ガ撤廃ノ方針確定せズ」「時間ヲ短縮シ百方糊塗策ヲ弄シツツアルガ如キハ真ニ国家ノ基礎ヲ危フシ人ノ子ヲ賊スルモノシテソノ無責任ヤ又極レリト言ハザルヲ得ズ」というのである。積年の思いが一挙に吹き出した感がある。 建言書には、学年別に、二部教授を実施した場合の時間の減少を計算した別表(表2−142)が付されている。第4学年まで二部教授を受けた児童の損失時間は280日となり、1年の総授業時数252日を超えることになる。義務教育6年が実質5年になるというのは、このことを指しているのである(『函館教育』第214号、大正7年11月)。
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