通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第1章 露両漁業基地の幕開け
第4節 明治末期函館の教育界
4 実業教育

井上文政と実業学校令

函館商業学校

独立後の商業学校

函館商船学校

実業補習学校

商業補習学校と工業補習学校

函館商船学校   P212

 庁立函館商業学校とともに、本道の実業教育の先駆けをなしてきた官立東京商船学校函館分校が明治34年に廃校となったが、かねてこのことを遺憾として存続の運動を繰り広げていた区民の要望に沿って、同年12月庁立函館商船学校が開校する運びとなった。これには、函館区選出の道会議員の尽力も与かって力があったといわれている。
 明治34年11月19日北海道庁令第166号「北海道庁立函館商船学校学則」によれば、商船学校は、「商船学校規程甲種程度ニ基キ高等ノ船舶職員タルヘキ者ヲ養成スル所」で、その学科を本科および予科とし、本科を航海科機関科の2とするものである。その上専修科を置き、海員にして船長・機関長・運転士・機関士の試験を受けようとする者に、本科の学科目中志願の学科目を専修させることとしていた。修業年限は、本科の場合、実習を除いて3か年、実習は航海科にあっては船内において3か年、機関科にあっては工場および船内において2か年とされている。予科の修業年限は2か年であった。生徒定員は、本科120名、予科80名で、本科実習生は定員以外とされていた。
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