通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


「函館市史」トップ(総目次)

第2章 20万都市への飛躍とその現実

第4節 戦間期の諸産業
2 函館の経済人の諸相

指標となる史料群

明治末期の有力経済人

大正5年の資産家

投資活動

大正期の貴族院多額納税者

営業形態の法人化

経済人としての漁業家

大正期の貴族院多額納税者   P415−P421

 大正7年から北海道においても貴族院多額納税議員の選挙が実施された。都道府県ごとに直接国税納税者(本籍を置き、30歳以上の男子)の上位15名から互選で1名が選出されたが、表2−47はその互選資格者の一覧である。函館は7名、小樽が6名と両市でそのほとんどを占めている。函館の納税者は浜根岸太郎が海運好況の波に乗り、相馬より上位にあり、首位の小樽の犬山とは僅差であった。浜根は大正6年に資本金100万円で海陸物産問屋業、漁業、金銭貸付業、運送業を営業種目とする(株)浜根商店を設立し、函館造船所の社長も兼ねていた。また坂井定吉は坂井商船(株)社長、山崎松蔵は山崎汽船(株)社長、佐々木浅吉は海運業(艀業者)、目貫礼三は目貫商事(株)の社長で船舶業、鉱山業、雑貨商を経営し、木田長右衛門も海運業者と、彼ら海運関係者は海運好況を反映して納税者の上位に躍り出てきた。
 ちなみに坂井、山崎、目貫は岸根と同じくいずれも大正6年に会社組織に改めている。前出の大正5年の資産家一覧と比較しても、海運関係者の台頭といった傾向が一層強まっている。相馬哲平は安定した位置にいる。
 なお、このほかに国税3000円以上の納税者は、函館区役所が実施した事前調査によって判明する。本籍者では石館友作(函館製瓦合資会社役員・3826円)、斉藤松太郎(物品販売業/海運業・3453円)、相馬堅弥(会社員・3131円・大正10年に2代哲平と改名)、渡辺長一郎(30歳未満・4277円・金銭貸付業)の4名、ほかに非本籍者として前田利一(兵庫本籍・3万8663円・運送業/函館商船(株)役員)、小熊幸一郎(新潟本籍・3万1955円・運送業・物品販売業・問屋業)、田中善三郎(新潟本籍・9450円・運送業・漁業)、佐々木平次郎(大正7年4月に秋田より本籍を移す・9241円・物品販売業・倉庫業・問屋業・海運業/共同回漕店経営)の名があげられている(大正7・8年「選挙関係綴」)。やはり海運関連業者がほとんどの上位を占めており、第1次大戦の海運好況という時流に乗ったものの優位を反映している。ちなみに大正6年の3税(地租・営業・所得税)の納税額(実収額)は函館が91万円と道内において首位にあり、小樽が63万円、札幌は41万円であった(大正6年度『北海道庁統計書』)。このように海運好況は道内においては函館に一番好影響を与えたのである。

3 大正14年多額納税者一同(為国光一郎氏提供)
 さて次に実施された貴族院議員選挙は大正14年であるが、表2−48が大正13年度の納税額に基づいた函館の資格者名簿である。制度改正によって資格者の範囲は道内上位200人となったのであるが、函館は35名(総額11万円)で札幌の44名(同20万6000円)、小樽の46名(同20万円)についで道内第3位であった。上位10傑には札幌が5名、小樽が4名であるのに対して函館は相馬哲平ただ1人であった。これは前回の大正7年に比べると顕著な違いであるといえよう。北海道における経済界は、大正7年では函館と小樽の両極構造であったが、大正後期になると札幌、小樽、函館という三極化が進み、それとともに道内における函館の占める割合は低下している(3市に次ぐのは旭川で17名、5万円とかなりの開きがある)。
表2−47 大正7年の函館における多額納税者
          単位:円
順位
氏名
納税者
住所
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
犬山慶太郎
浜根岸太郎
藤山要吉
相馬哲平
坂井定吉
山本厚三
山崎松蔵
山田幸次
木田長右衛門
山本徳次郎
斉藤勘之助
目貫礼三
青木乙松
木村円吉
佐々木浅吉
51,730
48,238
34,177
19,770
15,044
11,116
8,223
8,114
7,653
7,535
5,813
5,051
4,206
3,943
3,942
小樽
函館
小樽
函館

小樽
函館
小樽
函館
増毛
札幌
函館
小樽

函館
大正7年4月19日「函新」より作成
表2−48 大正13年度の函館における多額納税者
                                               単位:円
遣内順位
氏名
職業
直接国税
課税科目
地租
営業税
所得税
営業税
所得税
7
17
18
24
26
32
33
34
44
45
55
58
62
81
94
100
101
107
113
121
133
134
136
148
150
152
155
157
160
179
187
191
192
194
195
相馬哲平
小熊幸一郎
梅津福次郎
岩船峰次郎
寺井四郎兵衛
瀬崎初三郎
山崎松次郎
山崎松蔵
宮崎松太郎
桂久蔵
竹内新太郎
浦田久吉
石塚弥太郎
橋谷甚右衛門
坂本作平
浜岡源助
大沼平五郎
加藤喜八
亀井邦太郎
黒江定七
杉野三次郎
上田仁太郎
太刀川善吉
浅岡梅吉
加藤慶次郎
小山冨蔵
真壁仁太郎
斎藤松太郎
斎藤五一郎
矢本信三
平野与次右衛門
大久保利助
田中幸四郎
瀧野善三郎
高橋清治
会社員
問屋業
物品販売業
物品販売業
物品販売、請負業
請負、物品販売、製造業
貸地業
貸地業
運送業
物品販売業
請負業
物品販売、製造業
問屋、金銭貸付、物品販売業
物品販売、問屋業
漁業
請負、物品販売、製造業
金銭貸付、周旋業
金銭貸付業
金銭貸付業
物品販売、金銭貸付、代理業
物品販売業
料理店業
問屋、物品販売業
物品販売業
物品販売業
金銭貸付、物品販売製造業
建具商
問屋、物品販売業
運送、物品販売業
漁業
金銭貸付業
製造、物品販売業
問屋、物品販売、金銭貸付業
運送請負業
物品販売業
14,277
7,857
7,312
6,270
6,005
4,681
4,568
4,532
3,787
3,691
3,302
3,124
2,973
2,563
2,346
2,293
2,291
2,148
1,981
1,859
1,742
1,740
1,727
1,613
1,585
1,568
1,560
1,546
1,533
1,445
1,372
1,332
1,328
1,325
1,320
1,790
397
610
519
653
118
1,654
674
932
1,130
70
624
327
132
0
102
6
43
296
230
222
31
224
492
189
24
454
14
361
5
0
42
232
5
306
0
117
842
986
946
1,487
0
0
289
273
862
59
265
687
0
196
182
186
300
344
290
208
340
231
573
250
0
250
179
0
239
128
376
722
188
12,486
7,343
5,858
4,764
4,405
3,076
2,913
3,858
2,565
2,287
2,369
2,440
2,379
1,744
2,346
1,994
2,102
1,918
1,384
1,284
1,229
1,500
1,162
890
822
1,293
1,106
1,282
992
1,440
1,133
1,161
719
597
826

商業
商業
商業
商業
商業・工業


商業
商業
商業
商業・工業
商業
商業

商業・工業
商業
商業
商業
商業
商業
商業
商業
商業
商業
商業・工業

商業
商業

商業
商業・工業
商業
商業
商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業・工業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業・工業
土地・商業
土地・商業
商業
土地・商業・工業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業・工業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
商業
土地・商業・工業
土地・商業
土地・商業
土地・商業
『北海道庁公報』(第676号)より作成
単位未満を切り捨てたので、内訳と合計が異なる
 もっとも函館の場合は、経済的には上位にいる露領漁業家・樺太漁業家の営業税が法人・個人とも非課税であるために単純に低落したとはいえない。なお大正13年度の 『北海道庁統計書』でみると、直接国税納税額は札幌が171万円、小樽が136万円、函館が123万円と個人順位と都市全体の傾向とは合致する。
表2−49 大正14年の道内主要都市の多額納税者職業別
               単位:円
都市別
職業別
人数・納税額
函館 物品販売業
問屋
金銭貸付業
請負業
運送
漁業
貸地業
その他
11(110,596)
5
4
3
3
2
2
5
札幌 請負業
各種商業
酒造業
金銭貸付業
各種製造業
木材業
農業
質屋
その他
8(206,170)
8
6
5
4
3
2
2
6
小樽 貸地業
各種商業
酒造業
海運業
漁業
雑穀商
米穀商
木材商
会社員
海陸物産商
荒物商
その他
6(200,317)
6
5
4
3
3
3
3
2
2
2
7
旭川 酒造業
請負業
各種商業
その他
6(54,828)
5
4
2
その他 漁業
米穀商
醸造業
酒造業
木材業
製材業
会社員
呉服商
商業
請負業
物品販売業
その他
21(138,968)
5
5
4
3
2
2
2
2
2
2
8
『北海道庁公報』(第676号)より作成
 上位50位でみると、函館勢は相馬が7位、小熊が17位、梅津が18位で、ほかに7名が入っている。大正7年と14年ともにその名前を見ることができるのは、相馬と山崎のみである。ただし小熊は大正7年時点では新潟を本籍としていたため有資格者ではなかったが、その当時の函館における納税者としては実質的に首位の座にあった。戦後の不況で海運好況が去ると海運関係者の大半が軒並み名前が消えている。職種別でみると函館は物品販売業(兼業を含む)が20名と圧倒的に構成比が高い。これに金銭貸付業が続く。札幌は請負、土木、木材業が最も多く、これに酒造業等の醸造業、金銭貸付(質屋を含む)の順、小樽は米穀商等の商業、貸地業、海運業の順である。旭川は酒造業、請負業が多い。両者を比較すると、函館の位置が相対的に低下していることが明白である。職業別で他都市との比較したものを表2−49に掲げた。函館と小樽の近似性、札幌と旭川の近似性がそれぞれ浮かび上がってくる。またその他の地域では漁業が21名と最多であるが、余市が7名、古平が6名と日本海側が多数を占めている。ちなみに彼ら漁業者はおもに土地所有や兼業としての商業の収入に伴い多額納税者となったものである。
 なお同じ多額納税者に関して14年7月12日付けの「函館毎日新聞」には非本籍者と30歳未満のものとが掲載されている。参考までに表2−48の右欄に掲載したが、石館友作をはじめ、橋谷巳之助、平出喜三郎、木島豊治、笹野栄吉と上位に相当数の非本籍者がいることがわかる。同表の函館の最小額は1320円であるから、これを上回るものは非本籍者で15名もいる。個々の問題とは別に各業界という視点からみると、海産商は個人別順位での上位は少ないが、業界全体としての比率は高い。これは函館が海産商の街といわれただけのことがある。
 物品販売業が首位であることは商業都市としての成熟度を示しているが、それにつぐ金銭貸付業は函館という都市の特性でもあった。日銀の調査書が金貸の都会・函館との世評を紹介していることは前述したとおりであるが、とりわけ漁業資金への投資は銀行のみが担ったわけでなく、この金銭貸付業と呼ばれる階層が支えていた。明治40年の『最新函館案内』は、「金貸業」を函館市中の有力業種のひとつであるとして相馬哲平、松岡陸三、亀井邦太郎、近藤孫三郎、渡辺長蔵、石館兵右衛門、泉孝三らの名前をあげている。明治44年の『殖民公報』(第62号)によれば函館区内の金銭貸付業は31人、資本金138万円余、主として漁業資金への貸付が多いとしている。また大正9年『殖民公報』(第106号)では大正6年〜8年の道内の地域別貸金業者の営業者数を掲載しているが、函館は141名、札幌・小樽はともに95名、旭川は58名となっており、その資本金額も大正8年では函館が433万円と、小樽の79万円、札幌の89万円など他都市を圧倒している。函館における年次別の営業税の業態別順位では、金銭貸付業はたえず上位を占めており昭和8年では首位となる。表2−50に大正末期の主要業者名をかかげた。
 
 大正期の有力者について興味深い記事があるので紹介しよう。これは大正12年6月9日付けの「函館毎日新聞」であるが、大正11年度の函館の「金持ち」の「お金儲け」について「お上の調」から割り出したものとある。それによれば函館の富豪は相馬か小熊といわれる世の噂どおり小熊一族(幸一郎8万5000円、信一郎1万5000円、新三郎1万円余)が12万円の儲け、相馬一族は10万円(哲平はそのうちの7万円)、山崎松蔵と松次郎の親子で9万5000円、漁業家の和島貞次は7万円、地主の石館友作が6万円、漁業家の田中仙太郎が5万円、同じく長谷川藤三郎が4万円余、3万円台は市会議員渡辺泰邦、呉服の老舗岩船峰次郎、雑貨商の和田治五郎と木島豊治、漁業家の貫伝三郎と平出喜三郎、水電の平野万四郎と続くが、平野は市内の会社員の稼ぎ頭、米穀商の今井定太郎、浜根岸太郎、故人となった地主の松岡陸三、漁業家の杉野三次郎、海産商石塚弥太郎、雑貨商大庭彦平が2万円台で、1万円台では代議士佐々木平次郎、日魯の専務平塚常次郎、大北漁業の野間口兼美などである。小熊は相馬と並び称され、両横綱と持ち上げられるほど函館を代表する資産家となったのである。
参考(図2−48 右欄)
大正14年非本籍者等多額納税者
                   単位:円
非本籍者
30歳未満の者
氏名
納税額
氏名
納税額
石館友作
橋谷巳之助
平出喜三郎
木島豊治
笹野栄吉
鳥海義映
森卯兵衛
田端半七
和田権次郎
進藤栄太郎
大庭彦平
寺尾庄蔵
安達愛次
木島光治
高橋喜平
13,131
5,720
5,476
5,093
5,015
3,601
3,082
2,933
2,279
1,717
1,692
1,612
1,507
1,429
1,423
河合清太郎
松岡陸三
小熊信一郎
新政一
工藤嘉七









2,492
1,999
1,848
1,808
1,363









大正14年7月12日「函毎」より作成
表2−50 大正12年の有力金銭貸付業者
                      単位:円
氏名
営業税
運転資本金
備考
(株)相馬商店
長谷川藤三郎
渡辺泰邦
近藤多三郎
今井定太郎
及能仁三郎
函館二業金融(株)
斉藤松太郎
谷口與三吉
小山富蔵
高橋善平
平野與次右衛門
南場吉次郎
佐野織三郎
中上仁作
共盛運送店
吉田謙助
住谷寅吉
亀井邦太郎
及能合名会社
大沼平五郎
大泉泰
松岡陸三
18,245
903
613
473
392
391
361
340
274
247
234
231
229
226
208
205
194
194
181
152
148
146
124
3,801,042
188,125
127,708
98,542
81,667
81,458
75,208
70,833
57,083
51,458
48,750
48,125
47,708
47,083
43,333
42,708
40,417
40,417
37,708
31,667
30,833
30,417
25,833






















大正12年『函館商工名録』より作成
営業税額は運転資本金に子分の4.8を乗じたものであるので、逆算して運転資本金を算出した
備考欄の※は兼業者
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