通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第2章 20万都市への飛躍とその現実

第4節 戦間期の諸産業
4 戦後不況と躍進の海運界

戦後の海運不況

近海郵船の設立

海外航路網の拡大

ウラジオストク航路と大阪商船

カムチャツカ航路

樺太航路

北千島航路

上海航路と台湾航路

函館市補助航路と近海郵船

戦後の海運不況   P489−P491

 第1次世界大戦により日本は英米に次いで世界第3位の海運国と躍進した。しかし日本の経済は、大正9年の反動恐慌、12年の関東大震災、さらに昭和2年の金融恐慌から世界的不況へとまきこまれた。第1次大戦後から昭和初期は不況の時期であり、戦後の海運界もその例外ではなかった。戦後の世界海運市場に対しては戦線からの撤兵、復旧資材の運送等の船舶に対する需要がつづき、戦時以上の繁忙が期待された。しかし9年の恐慌はそれを無残にも打ちくだいた。大戦期には他の産業分野以上に活況を呈したこともあり、海運界を襲った不況は深刻なものであった。戦時中に船舶を膨張させた海運会社の打撃は大きく、大量の係船を余儀なくさせられた。定期航路へ進出して過剰船舶の対策をするものもあったが、三井船舶部などごく一部の大手社外船主のみで船腹過剰のため没落する群小の船会社が続出した。
 それでは函館での海運事情はどうであったろうか。大戦が終結したことから船価と用船料が次第に低落し海運市況が悪化した。ピーク時で噸当たり18円まで上がった用船料も9年には4円台に急落した。戦後の競争に対応するために大型汽船の導入を計画する会社もあったが、船価、用船料の暴落は止まる所を知らなかった。さらに輸送貨物が激減したことから争奪戦も行われ、さらに前年よりも30%減と運賃の低下を招いた。用船契約が中途で解約される会社もあるなか採算を度外視して運航したものもあった。しかし回復のきざしもなく係船するものが多く出てきた。10年の年頭で函館港には47隻、1万1000トンもの係船があった。係船は主として500トン未満の小型船であって大型船は辛うじて運航していたが、採算ベースに乗るものではなく保険料、給料等を引き下げ、石炭の引下げなどのコスト削減にも努めた。しかし海運需要の低下は乗組員の失業者を生み出し、函館では同年1月現在では540名もの失業海員を数えた。船長や運転士、機関士などの高級海員が271人、甲板船員などの下級船員は269人であった。下級船員の割合が少ないのは他に転職しやすいためであって実際に失業した人員はこれ以上であったという(「函館組合銀行史料」)。
 大正12年も依然として不況のなかにあったが、大型船が英米の景気回復により海外航路へ就航したこともあり、漁期や木材、豆粕の輸出時期に際して前年のように近海に割り込むこともなく地場の小型・中型船舶には有利に働いた。また9月に発生した関東大震災により食料、建築材料その他日用品の輸送により一時的ではあるが海運界は活況を呈した。13年になると復興事業が停滞し、さらに古船が輸入されてきたために近海は異常な船腹過剰を来して不況に陥り、運賃・用船料共に採算を割った。14年は対ロ貿易の復活への期待、北洋材の積取契約やカムチャツカ漁業の需要船の引き合いなど、好況の機運をみせたが、一方では国内の不景気や対中貿易の頓挫により海運界も影響を受けた。しかし後半に入ると中国の排貨運動が終結し物資輸送ならびに石炭の輸入引き合いが盛んになり運賃高騰をみた。これに加えて産米の豊作や貿易の好転によって海運界も活気づいた。
 ところで戦時の海運好況により急成長した函館の海運業者も戦後不況のなかである者は撤退してゆき、海運会社も激減していった。とりわけ船成金で一世を風靡した階層もその名が消えていった。こうしたなか、海運好況時に船舶抵当融資を行った相馬合名会社は第1次世界大戦後の船成金の没落によって数百万円の損失を蒙った。戦時中に行った船舶を抵当として小泉商会の経営者小泉新一および函館商船(株)を経営する前田卯之助への貸付けを行い、土地抵当と同じく利息のみを回収していたのだが、休戦に入ると船価が急速に崩落を重ね、担保評価が大幅に落ち込み、貸し付け時の担保価格を時価が大きく下回ってしまった。この結果、債権者も返済不能となり、相馬も抵当を引き取るしか方法が残らなかった。そのうえ保険料をはじめとする維持費や人件費などの経常経費を賄うだけの運賃収入も用船料も得ることができず、何年も係船したうえで担保の船舶を二束三文のスクラップとして売ってしまったという(相馬確郎著『朝提灯』)。
 また大正11年の状況として函館市中の各銀行が抱えている不良債権として、数名の名前があげられているが、前述の前田卯之助をはじめ佐々木汽船会社など海運関係者の名は目立つのは、それだけ海運業界に与えた影響の大きさを意味したのである(「函館組合銀行資料」)。
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