通説編第4巻 第6編 戦後の函館の歩み


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第1章 敗戦・占領、そして復興へ
第3節 敗戦後の函館の産業経済
1 水産都市函館の変貌

北洋漁業の壊滅

マッカーサー・ライン

漁業制度改革と沿岸漁業

旧漁業権の消滅

漁業協同組合の成立

イカ釣り漁業の発展と後退

漁業制度改革と沿岸漁業   P159−P162

 市内沿岸漁業の生産構造は、経済の民主化政策の一環となる漁業制度改革で大きな変貌を遂げた。漁業制度改革では、明治43(1910)年に制定され、その後長い間日本漁業の基本法として機能してきた漁業法と、それに基づいて構築された漁場の利用秩序が一切ご破算になり、白紙になった沿岸海面に、新たな漁業法(昭和24年)に基づく漁場利用の仕組みが作られることになった。このような漁業生産=海面利用の根本にかかわる漁業法の全面改定は、単なる漁場利用関係の変化に止まらず、漁村全体の社会・経済関係の変革(民主化)にも多大の影響を与えたのである。
 明治漁業法によれば、漁業の形態に応じて漁業権(定置、特別、区画)を設定し、権利者に一定漁場の排他独占的使用を保証した。また多数の漁民が共同して利用する入会漁場を専用漁業権として漁業組合に与え、組合の管理のもとに組合員の操業を保護してきた。つまり、明治漁業法は、漁業権の内容(漁場区域、漁獲対象、漁具漁法、漁期など)を限定して、操業を認め、権利対権利の関係のもとに、漁業者間の漁場紛争を防止し、漁場の利用調整を図ろうとしたのである。
 ところが、この漁業権は、法的には賃貸や譲渡などが自由な土地に準ずる物権とされたこと、漁業権の免許が、個別申請による行政庁(地方長官)の一方的裁量でおこなわれたこと、漁業権の存続期間が20年で、さらに延長が可能であったことなど、一度、漁業権が設定されると、漁場の資源・海洋条件の変化、あるいは漁場の地域社会のニーズに関係なく、漁場の利用関係がそのまま温存され、漁場全体の合理的有効利用を阻害することになっていた。
 しかも、このような漁業制度のもとでは、経済性が高く地域経済と漁民生活に多大の影響をもつ漁業権が漁村有力者(網元)に握られた場合、多数の小漁民の操業が大きな制約を受けるほか、就業機会に乏しい漁村地帯では、網元漁場に仕事を求める小漁民には、欠くことのできない就業の場となるもので、このことが網元に対する従属関係を生みだし、漁村の非民主的(半封建性)社会関係の温床となることなどが指摘されていたのである。このため「民主化」を標榜する漁業制度改革においては、地主的土地所有の排除を目的とした農地改革とともに、小生産者を主体とする民主的な内容の漁業制度(新漁業法)改革が求められたのである。
 新たに制定された漁業法は、「水面の総合利用による漁業生産力の発展」と「漁業の民主化」を目的に掲げている。新法においても、漁業の海面利用については、第3者の妨害を排除するという意味で物権とみなして保護したが、漁業権は、自営する場合に限り免許することとし、権利の賃貸、売買などの私的な処分を禁止した。そして漁業権の存続期間は5年(共同漁業権は10年)に短縮され、期間満了とともに権利は消滅し、新たな免許は、その時点における漁場の自然・社会的条件を勘案して漁場計画を立て、これに基づいておこなうこととした(高橋泰彦『新しい共同漁業権』、同『定置漁業権で知っておかねばならぬこと』)。
 漁業権の種類は、定置、区画、共同の3種類の漁業権に整理された。新漁業法の特徴は、第一に、沿岸漁場に対する漁業協同組合の管理権限が著しく強化されたことである。旧法の専用漁業権は、名称が共同漁業権に変わり、従来定置漁業権に入っていた小型定置漁業、および特別漁業権の地引網、船引網漁業などが、漁業協同組合(以下、漁協)の管理する共同漁業権に加えられ、漁協の管理漁業権に含まれる漁業種類が増加した。また自営者免許の原則で、個人・一般法人が対象になる定置漁業権についても、漁協が自営する場合は最優先で免許されることになるのである。前にふれたが、従来専用漁業権に含まれていたイカ釣り、延縄漁業など、回遊魚(浮魚)を対象にして漁場を移動して操業する漁船漁業は、新制度では、組合管理漁業権から除かれ、制度的制約を受けない自由漁業に移されている。これは、共同漁業権の漁場区域の境界線が、漁船漁業の生産拡大を阻害していると考えられたからである(同前)。
 昭和20年における市内沿岸漁業の漁業制度別の生産額をみると(表1−22)、専用漁業の生産額が全体の73.5パーセントを占めてもっとも大きく、ついで許可漁業が17パーセント、制度改革においてもっとも重要視された定置漁業はわずか7.8パーセントに止まっている(特別漁業の地引網が含まれる)。定置漁業が不振なのは、後でふれることだが、おもな漁獲対象であるイワシの水揚げが急減したことによる。
表1-22 市内の漁業制度別生産額(昭和20年)
                                   単位:上段は円、下段は漁業別%
漁業名称
生産額
主要漁獲物
定置・特別漁業
394,473
7.8
イワシ   304,810
77.2
イカ   34,863
8.8
ホッケ  12,585
3.2
その他  42,215
10.8
専用漁業
3,717,562
73.5
イカ  3,670,500
98.7
タコ    19,690
0.5
コンブ  15,750
0.4
その他  11,622
0.3
許可漁業
858,900
17.0
ホッケ  229,589
26.7
カレイ 157,539
18.3
スケソ  40,872
4.8
その他 430,900
50.2
自由漁業
85,352
1.7
カレイ   25,619
30.0
サメ   22,781
26.6
アイナメ 7,932
9.2
その他  29,020
34.2
5,056,287
 
昭和20年『北海道漁業現勢』(北海道水産部漁政課)より作成
 専用漁業のなかでは、イカ釣り漁業の生産額が98.7パーセントを占め、残りが、タコ漁、コンブ採取、アワビ漁などで、漁業権の内容となる漁業の種類は少ない(この時期イカ釣りは専用漁業に含まれていた)。定置漁業に含まれる漁業の種類は、イワシ、イカ定置があるが、両者のおもな漁獲対象はイワシで水揚総額の77.2パーセントを占めている。イワシの水揚量は、昭和14、5年頃には、6000トン前後であったが、この後減少を続けて20年には350トンに落ち込んでいる。特別漁業に入る漁業はイワシ地引網であるが、水揚量の記録がない。後で述べるように、漁業権としては残っているので休業していたものと考えられる。
 許可漁業には、手繰網(底引)、漕引網漁業があり、経営体は34隻の漁船(内動力船14隻)が操業して、ホッケ(漕引網)、カレイ、スケソ(スケトウダラ)など(手繰網)を漁獲していた。自由漁業には、カレイ、サメ、アイナメなどの延縄漁業があり、おもに無動力船を主体に91隻が操業していた。
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