通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第2章 20万都市への飛躍とその現実

第4節 戦間期の諸産業

6 倉庫業の変貌

2 主要営業倉庫

金森倉庫

安田倉庫

函館倉庫

及能倉庫

日通倉庫

橋谷倉庫

安田倉庫   P537−P538

 安田倉庫は、安田善次郎が、明治17年8月、釧路硫黄山(山田某経営)の貸金問題で来道、帰途、函館に立寄り、函館区共有財産の地所及倉庫貸渡の入札に立会い、これを落札、入手して帰京したのが始まり。明治32年6月1日安田商事合名会社を設立。函館の倉庫は、安田商事合名会社函館倉庫と号した。明治40年8月25日、函館大火で倉庫焼失。直ちに復旧工事に着手、営業所1棟44坪、仮板倉庫1棟140坪、焼残煉瓦倉庫2棟180坪、板倉庫半棟120坪、木造倉庫半棟建増84坪を第1期工事で、41年4月までに建造した。本格的煉瓦倉庫1棟160坪、別の煉瓦倉庫1棟900坪を41年、第2期工事で建造した。41年、魚油置場1棟78.75坪完成、同年上屋353.32坪完成(上屋内床張間仕切−鞘庫−)完成。明治45年1月、安田商事株式会社となり、函館支店安田倉庫と称した。
 大正3年6月、石造倉庫新築、104坪、上屋新築3棟203坪である。同6年、煉瓦倉庫(900坪)屋根葺及中仕切新設工事完成、同8月、公有船入堀約50坪浚渫。大正8年第16番名称倉庫改築、8月公有船入堀約32坪浚渫、9年公有船入堀30立坪浚渫、大正11年、同船入堀40立坪浚渫、同15年煉瓦倉庫(900坪)屋上一部葺替工事。昭和5年4月、木造倉庫1棟40坪改築のため売却、その跡に510坪1棟(12、13、14番名称倉庫)竣工、以下、昭和20年まで、不変。
 明治7年、旧開拓使常備倉として建てられた豊川町倉庫群(4棟300平方メートル)も、貴重な歴史的建造物であった。10、11と称された二倉庫である。これは、上磯郡茂辺地レンガ製造所で製造された煉瓦で作られ、昭和45年、取りこわされた。
 荷役は北光組という馬車屋が請負い、海産物(コンブ、スルメ)を扱った。戦時中は、政府食糧を主に扱う。荷役は艀(最大100トンの艀)が、堀割または運河で、倉庫戸前まで貨物を運び、そこから、倉庫へ人力で運び入れたのである。戸前から堀割までは3メートル程度の短距離で、これがエプロンだった。
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