通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第2章 20万都市への飛躍とその現実

第9節 労働運動の興隆と衰退
1 黎明期の社会・労働問題

日露戦争と函館労働事情

大逆事件と冬の時代

友愛会函館支部の結成

日露戦後と函館労働事情   P1061−P1063

 函館はこの時期、東京以北最大の人口を抱え、本州と北海道を結ぶ中継地であったことなどから、全国的にも早くから社会・労働問題に関心が払われた地域の1つであった。明治期における函館の社会・労働問題の状況は、『函館市史』通説編第2巻に触れてあるが、日露戦争後の不況による国民・労働者の不満は全国的に労働争議の頻発をもたらし、また社会主義思想に関心を持つ人々を増加させていった。
 日露戦争時(明治37年から38年)に政府が行った戦費調達のための増税と物価の上昇、なかでも食料品の高騰は国民生活を圧迫していった。さらに戦後不況による労働者の低賃金と物価騰貴は国民の不満を高めた。特に、北海道ではこの時期、炭鉱資本が増産につぐ増産体制をとったために、炭鉱労働者との矛盾が広がり、明治40年には空知地方の炭鉱地帯で、大きな争議(幌内炭鉱争議)が頻発している。しかし、鉱夫らの労働者の待遇改善をめぐる争議は「暴動」と見なされ、警察だけでなく軍隊までもが介入し、ことごとく鎮圧された。
 函館地方では、明治40年6月、湯の川三森鉱山において鉱夫らが賃上げを要求したのに対し会社側は解雇などの処置を取ったが、労働者側に有利な解決で終結したという(松山一郎『函館地方社会労働関係史資料』)。また、同年末から翌年初めにかけて西川光二郎が来道し、1か月近くにわたって各地で演説会を開催した。平民社に属し、わが国最初の社会主義政党である社会民主党の創立(明治34年5月20日、即日禁止)に最年少で参加した西川の函館での演説会は、40年12月に連続3回開催されている(『新北海道史』第4巻)。しかし明治末年における函館の社会・労働運動には目立った動きは見られず、近代的労働者を担い手とする組織的な社会・労働運動がいまだ十分に形成されていなかった。
 とはいえ日露戦争とその後の戦後不況は函館の社会においても様々な影響を与えていた。この時期、北海道各地への農業移民の増加、また「内国植民地」である北海道への資本投資にともなう様々な職種(職工・職人・人夫など)の増加が見られた。こうした仕事を求める北海道移住者たちの主たる入り口であった函館港には、渡航者が溢れていた。その当時の様子を「戦時と函館労働界」と題する新聞報道は、次のように報じている(明治38年3月8日および9日付「函新」)。すなわち、日露戦争において不況は全国的に募っているが、「函館に於ける労働者の如きは其の最も甚だしき打撃を蒙りたる者の一なるべし」として、「本道各地殊に当港に渡航する者、日々多数に上り、故に産業の不振に伴はざる各業者の増殖は益々職業争奪の勢を助長せしめ、窮迫の度を劇甚ならしめ、此れに依つて敗れたるものは困難が上に益々惨窮を極め、遂いに乞食となり其の甚だしきに到つては罪を犯して食を求め、之れに従つて世は益々物騒となり、法網に繁る者愈々多く巷路に喚く者漸く出づるを見るに到れるなり」と不安定な社会状況を伝えている。
 さらに、函館の労働者の中で日露戦争の影響を一番強く受けているのは「日傭取(所謂浜稼人足)」の人々であった。「戦時と函館労働界」は続いて、彼らは「東川、大森の両町に最も多数を占め其の他区各町の場末の貧民窟」に住み、月労働可能日数を25日程度と考えれば男で30円、女で5〜6円の収入が見込めるが、戦争勃発と同時に「露の四大艦突如として津軽海峡に出現」したため、函館港出入の船舶が減少し、「日傭取」に直接の大きな影響が出ていると記している。明治37年の夕張炭鉱労働者(家族3名)の1か月の生活費は17円41銭(「平民新聞」)、同40年の歌志内炭鉱労働者の賃金は1日平均最少20銭、最大1円14銭(「北海タイムス」)であった(奥山亮『北海道史概説』)というから、当時の函館の人夫たちの生活は精一杯働いて漸くぎりぎりの生活の糧を得ることができたと言えるだろう。
 また「戦時と函館労働界」は、日露戦争による国民生活の破壊を憂い、不満を抱く国民の声を代弁しつつ、「世は不景気なり、其は平時に於て生産的事業に投ずべき幾億の資は今や不生産的なる戦費に充てられ、又生産的労働をなすべき幾十万」の人々が「遠く異域にありて不生産的労働をなし居る結果」起きているとして、「例へ幾億の金、幾万石の血を以つて購へたる最も名誉ある戦捷国の月桂冠を載くと雖ども其の裏面には最も恐るべき、忌むべき一の現象を燃起する」と、日露戦争を批判的に論評しており、当時の庶民の同戦争に対する冷めた見方の一端が読みとれる。

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