通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第3章 戦時体制下の函館
第2節 戦時体制下の産業・経済
1 経済統制下の函館経済
2 戦時下の外国貿易

戦時下における外国貿易

統制下の貿易業者

戦時下における外国貿易   P1135−P1136

 昭和14年の第2次世界大戦の勃発、そして16年の太平洋戦争と戦時下における日本の貿易は「円ブロック化」のなか急激な減少と壊滅化をたどった。戦時下に日本の産業経済はすベて戦争一本にしぼられ、また海外市場の制限から輸出は急激に減少し、輸入は15〜17年が軍需産業の原材料や食料の急増と物価騰貴も手伝い、17年は名目上戦前のトップを記録した。しかし戦争激化とともに航送は困難となり貿易構造は戦争末期において完全に崩壊、20年には壊滅状態となり敗戦を迎えた。この時期は貿易も軍需資材確保のためであり、輸出では機械類をはじめとする重化学工業製品、農水産物が主であり、輸出入市場の80〜60%がアジア市場であり、これらははとんど「円ブロック経済圏」に対するものであったし、輸入品も大豆、石炭等の原材料であり、戦争末期には農水産物の食料品が最大の比率を有した。
表3−6 函館港普通貿易(輸出入)額
          単位:千円
年次
輸出
輸入
昭和14
15
16
17
18
19
20
54,640
13,123
12,347
7,765
4,365
4,167
3,054
3,190
5,147
8,013
2,174
3,067
1,398
938
57,830
18,270
20,360
9,939
7,432
5,565
3,992
『函館市史』統計史料編より作成
 こうしたなか函館の輸出入額推移は表3−6のとおりであるが、輸出貿易は14年に第二次世界大戦が勃発すると、イギリス向けの鮭缶詰は運賃保険料の異常な暴騰や航路の危険にもかかわらず価格の騰貴と軍需食料品として需用増大を見越して2300万円とこれまでの最高額を記録した。ほかには対円ブロックならびに東南アジア向けの輸出品として、塩鮭・鱒、鯣、貝柱、海参、馬鈴薯、ベルギー、オランダ、フランスなどヨーロッパ向けの鱒缶詰、イギリス・アフリカ諸国へのトマトサーディン、アメリカ向けのフィッシュミールなどが主要品としてあげられる。
 ところで、満州、関東州、中国の、いわゆる円ブロック圏への輸出はこの年には2000万円台となり、輸出総額の36%を占めた。中国への輸出が400万円台と伸びたこと、関東州へは1200万円台となったためである(昭和14年『函館税関外国貿易月報』)。鯣、昆布、貝柱、海参、干鱈は従来、主として中国南部から東南アジア方面に供給されていたが、中国北部その他に対しても相当市場を開拓し、さらに中国の植民地の拡大がこうした現象をもたらした。大戦により前述のとおり鮭缶詰の飛躍的な輸出増があったものの蟹缶詰はイギリスにおいていちはやく輸入禁止となり解禁の見込みがつかず端的に影響を受け、鮭缶詰もフランスで輸入禁止となるなどの影響がではじめた(昭和14年度『函館商工業会議所事業成績報告書』)。関東州等を含む中国市場への未曽有の輸出増ともあいまって14年は戦前における貿易のピークを記録した。
 翌年に入ると欧米市場における日本品のボイコットという状況が呈され、缶詰の輸出に大きな制約が加えられ、その結果前年5400万円を記録した輸出額も1300万円と激減した。その後は満州、関東州、中国のみを対象とする円ブロック圏域に対して馬鈴薯、塩干の海産物の輸出を行うに過ぎず、変則的な様相のなか衰退傾向をたどり敗戦を迎えるのである。なお、この頃の輸入は関東州からの食塩が大半を占めていた。
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