通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第2章 20万都市への飛躍とその現実

第4節 戦間期の諸産業

7 大正・昭和前期函館陸上交通

1 函館駅の大改築

函館駅大改築の理由−ターミナル

函館駅構内大改造

昭和13年1月の焼失

函館駅構内大改造   P550−P551

 貨車航送の実況と長輪線開通による中継貨車の入換のための全面的配線変えが、昭和3年10月〜同6年5月に行われた。上磯線開通がこれに拍車をかけた。
 この改良工事は、まず昭和3年10月若松町所在の鉄道官舎を海岸町へと東北方移動させることから始まる。次に機関庫、客車庫などの現場各機関を北部方面に移設した(昭和4年10月機関庫、客車庫)。新設したのは、第3運転詰所(昭和4年12月)、運転掛、車号掛詰所(昭和5年6月)。かくして梃子集中転てつ器取扱開始(同5年7月)、貨物取扱所の若松町寄り移転(同年9月)、南部踏切守衛廃止(同月)、第2信号所取扱開始、桟橋発着時刻を廃止し、すべて函館駅発着となる(同年10月)。第2乗降場竣工、使用開始(同年11月)、第1乗降場使用開始(さきに本屋乗降場を第1乗降場と改称、上磯線用とす)これが昭和6年1月。同6年5月17日には、駅前小公園が完成した。
 以上が第2次大改良工事のあらましである。これに先立って行われた第1次改良工事は、大正4年〜同11年、主として、貨車航送実現のために行われたが、大正4年11月、石炭陸上高架線を新設したこと、同11年6月、函館工場を五稜郭に移設(函館工場は、明治44年12月、鉄道院が建設)していることを付け加えておく。
 また、陸上の第2次改造工事に先立って、大正3年、公有水面埋立により、桟橋から北へ第1船入澗が貨物ホームを受けて設置され、第2船入澗が木材・石炭置場を受けて設置され(この置場の東側が単線の石炭高架線)、更に第3船入澗が新設されている。
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