通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第3章 戦時体制下の函館
第3節 統制下の北洋漁業
1 北千島鮭鱒漁業の勃興

北千島鮭鱒漁業の展開

北千島の鮭鱒缶詰業

北千島鮭鱒漁業の展開   P1179−P1181

 かつて北千島と呼んだのは、現在ロシア領土である千島(クリル)列島の東北端に位置する占守島(シュムシュ)、阿頼度島(アライト)、幌莚島(パラムシル)などの島々のことである。北千島の漁業開発は、明治26年、海軍大尉郡司忠成が組織した報効義会の移民団の移住が最初とされている。日露戦争後は、鱈延縄漁業を中心に開発が進められ、ついで蟹漁業が行われてきた。

図3−3 北千島の鮭鱒流網漁業区域
 北千島地方の鮭鱒漁業が注目されるようになったのは、昭和8年ころからのことである。それは、昭和5年から7年に北海道水産試験場が実施した北千島周辺海域の漁場調査の結果、産卵のために、太平洋からオホーツク海に入り、カムチャツカ西岸の河川に遡上する鮭鱒の魚群が、幌莚島周辺海域を通過することが発見され、北千島の鮭鱒流網漁業が、企業的に成り立つことが判明したからである。従来、北海道庁は、道内の鮭鱒定置網漁業への影響を考慮して、千島周辺海域の鮭鱒流網漁業を禁止してきた。しかし北海道水産試験場の調査では、影響がないことが明らかになったので、昭和6年10月、温禰古丹海峡以北、北緯51度に至る北千島付近の海面を鮭鱒流網漁業の禁止区域から解除して(図3−3参照)、北海道庁長官の許可漁業として開放することにした。
 この場合、北海道庁は、資源の減少で経営が悪化している各地の機船漁業者、あるいは日本海春鰊の凶漁で転換を求める漁業者に、優先的に許可を与えることにしていた。つまり、北海道庁による北千島周辺海域の漁場開放は、当時の北海道中小漁業の振興策と位置付けられていたのである(中井昭『鮭鱒流網漁業史』、昭和48年)。
 許可制度が初めて実施された昭和7年度の許可件数は92件で、実際、出漁したのはわずか7件にとどまった。その後も続けられた試験場による漁場調査の結果や、前年度の操業成績が良好であったことなどから、昭和8年度には出願件数が一挙に800件に増加した。しかし、北海道庁は、乱獲と操業秩序の混乱を危惧して、許可隻数を200隻に限定した。
表3−24 北千島鮭鱒流網漁船許可隻数・企業数(昭和8年度)
 
1
2
3
4
5
10
12
隻数
企業数
備考
函館
石狩
宗谷
後志
日高
根室
釧路
網走
東京
富山
12
4
2
12
5
23
1
9

16


1
1
2
1
1
2
1
4


1





1


1




1
1


1




2
2









4



1



85
4
2
26
7
39
3
11
18
2
36

2
16
6
26
2
10
5
1


稚内、利尻
岩内、余市、小樽
浦河、三石、様似

釧路、浜中
網走、紋別

合計
68
25
5
3
4
2
1
197
108
 
『北千島二於ケル水産業調査報告書』により作成
 このように出願件数が急増した理由として、カムチャツカ公海の鮭鱒沖取漁業の隆盛に刺激されたこと、昭和7年の露領漁業と9年の沖取漁業の大合同で、北洋漁業から排除された中小漁業家が北千島漁業へ転進を図ったことがあげられよう。こうして翌9年度以後は、許可漁船200隻全船が出漁するようになった。昭和8年に許可を受けた流網漁業者の所在地をみると、函館が36名で許可漁船数85隻と最も多く、次いで根室が26名で39隻、網走10名で2隻の順になっている。鱈延縄漁業者が多い函館や機船底曳網漁業などの沖合・中小漁業基地の漁業者が目立っている(表3−24)。これら漁業者の系譜をタイプ別に整理すると、次のように区分される。
(1)北千島鱈延縄漁業者グループ 25名(うち函館22名) 52隻(うち函館43隻)
(2)露領・母船式漁業関係者グループ 7名(うち函館4名) 39隻(うち函館27隻)
(3)東邦水産(坂本作平)10隻 沖取合同 5隻 太平洋漁業 5隻 八木本店 5隻 保坂慶蔵 10隻 その他 4隻(保坂以外は缶詰工場を経営)
(4)北海道・その他沿岸地域グループ 77名(うち函館8名) 106隻(うち函館14隻)
  北海道内 73名(96隻) 東京 2名(5隻) 富山 2名(5隻)
 これら漁業者は、露領・母船式漁業グループの一部を除いて、いずれも、10トンから20トン程度の漁船数隻を所有する中小漁業経営であるが、函館の漁業者では、北千島の鱈延縄漁業者と露領・母船式漁業からの転換者が多く((1)、(2)グループ)、その他地域では、太平洋、日本海、オホーツク海の鮭鱒流網、機船底曳網、助宗鱈延縄漁業など、沖合中小の機船漁業者で占められていた。
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