通説編第4巻 第6編 戦後の函館の歩み


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第2章 高度経済成長期の函館
第2節 地域振興と都市計画の推進
1 まちづくりのビジョンと都市経営

昭和30年・40年代のビジョン

「函館圏総合開発基本計画」にみるまちづくり

矢不釆計画の中止と「函館圏総合計画」

交通新時代に向けての「新函館圏総合計画」

まちづくり計画と都市経営の推移

交通新時代に向けての「新函館圏総合計画」   P342−P344

 昭和61年度から10か年を期間とする「新函館圏総合計画」(以下、「新総合計画」)は、交通新時代への対応や地域経済の活性化など、「函館圏総合開発基本計画」(以下、「総合計画」)の認識と類似している面がある。しかし、この計画が「交通重視型」なのは、新幹線問題、青函連絡船の存否、函館港の整備、函館空港の国際化などがより現実化した問題としてとらえられているからである。企業誘致が、以前の矢不来計画に代表される石油化学、同精製などを中心とする重工業型から、コンピュータ産業や情報通信産業など先端技術中心の企業誘致をめざすテクノポリス型へ変更したことにも注目できる。

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 この計画において函館圏のめざす方向性は、南北海道の中核都市圏として、また、北海道と東北地方の交流拠点都市圏として、「交通新時代に対応した総合的交通要衝の形成」「地域の発展を主導するテクノポリス函館の推進と産業の振興」「やすらぎのある生活環境の整備」「ゆきとどいた住民福祉の充実」「豊かな人間性を培う教育・文化の振興」というサブタイトルで表現されている(『新函館圏総合計画』)。
 具体的には、新幹線問題の新駅について「総合計画」では「圏内では上磯町を経て大野町を北上し、新駅は現渡島大野駅周辺に設置されるものと予想されており」とあったものを、「貴重な国家的資産である青函トンネルの有効活用をはかるため、東北新幹線鉄道の青森延長と同時に北海道新幹線鉄道の函館圏域までの段階的整備を促進し」という表現で「新総合計画」では函館への誘致の可能性を残している。これは、現函館駅までの段階的新幹線の開業を意図したもので、ポスト青函連絡船の交通要衝の場所性を喪失しないための方策と考えられる。函館空港の整備計画は、利用客の増加や国際交流の進展などに対応し、大型機の通年運航を確保するため、滑走路3000メートルの拡張事業を進めることが目標とされている(図2−7、第7編コラム44参照)。
 テクノポリス型経済振興は、時代の先端をゆく産業への構造転換、学術研究機能の充実、さらには居住環境の整備を進め、「歴史と伝統にはぐくまれた国際性がひらく北方圏型テクノポリス」の建設を推進することを目標として地域経済の活性化を促進するものとして期待された。観光面では、「総合計画」の各観光資源の整備から、歴史的な町並み景観の保護保存と道路の石畳化など、観光散策ゾーンとしての整備へ変化した。港湾事業についても、都市の景観と港湾との調和をはかりながら、住民が港に親しみを持てるようにするため、緑の島をはじめ臨港地区内の緑地整備やウォーターフロント地区の再開発など港湾環境の整備をはかり、港湾開発と観光産業との深い関連づけが求められている。
 国の第4次全国総合開発計画や北海道の新長期計画などとの関連で重要なのは、広域行政の推進の面に表れている。この分野の主要施策として広域的協力体制の推進とともに青函経済文化圏の形成として「広域的な交通体系の進展に対応し、北東北地方と一体となった広域圏を確立するため、経済、文化交流などを活発化し、北日本第三の中枢的機能を有する新たな青函経済文化圏の形成につとめます」と述べているように、以前の新産業都市構想とは違った都市分散化施策に、新しい交通体系とテクノポリスなどの産業基盤によって新たな経済圏の構築を展望している。
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