通説編第4巻 第6編 戦後の函館の歩み


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第1章 敗戦・占領、そして復興へ
第1節 連合国軍の函館進駐
5 占領軍と市民

新聞報道にみるアメリカ(軍)

市民のアメリカ軍への印象

 

市民のアメリカ軍への印象   P106−P107


子どもとアメリカ軍兵士たち(「道新旧蔵写真」)
 このような新聞の紙面を通じて、函館市民にはアメリカという国家と国民に対する一定のイメージが醸成されていった。アメリカ軍による占領が現実のものになると、次には、占領者としてのアメリカ側からみた日本人観や函館市民のアメリカ軍に対する印象記事が登場する。
 一例をあげると、札幌に到着したアメリカ赤十字奉仕隊に所属する4名のアメリカ人女性にインタビューし、「アメリカ婦人の眼に映じた日本婦人の問題」を中心に語らせる記事がある(昭和20年11月25日付け「道新」)。そこでは、「日本婦人は初めから男性に対して劣等感をもつているやうですが、アメリカの婦人は男性から完全に独立して決して隷属しては居りません」といった日本人の女性に対する印象が語られている。日本人女性と参政権の問題で意見を求められ、「アメリカでは婦人の政治的な党派はありません。政党に属しているものもあります。政治的な問題、選挙などについて婦人の倶楽部で活発な討議が行はれます。しかし、選挙はあくまでも個々の意見を尊重し銓衡が行はれます」と彼女たちは答えている。
 また、「気持が明るく話しても 自ら好感が湧く 親しみ深い米兵」という見出しの記事では(昭和20年12月2日付け「道新」)、アメリカ占領軍のプラスのイメージが強調されている。すなわち、「米軍が函館地区に進駐してから二月半、市民と米軍将兵の親しみは日毎に深まり、随所に微笑ましい親善風景が展開されてゐる。教養の高い米軍将兵の態度は新日本建設の心からの協力者として親しまれてゐる」として、連日のようにアメリカ軍と接触している函館警察署渉外係の太田憲一、終戦連絡事務局の加藤東治という2名の通訳が、それぞれ進駐したアメリカ軍兵士の気質を次のように語っている。   

(太田憲一談)函館に進駐した将兵は人格者揃ひで物事に感動性が強く、日本人の態度を軽視するやうなことは全然ありません。敗戦国民として交際せず友達のやうに親しみを持つてゐます。将兵は日本は戦争中新聞の論調が悪く、誤解されてゐたといつてゐます。また日本人には嘘をいはぬ道徳心の向上してゐる人が少いともいつてゐます。
(加藤東治談)進駐軍将兵は実に気持ちが明るく、そして文化人の特徴として人を疑ふことがなく、悪意に物を解釈することはありません。話をしてゐても気楽で好感が自ら湧いてきます。仕事をするにも始終秩序正しくスピーデイですが、仕事に関係のないことには上官も部下もなく全く友人のやうです。自由の国民だといふことがわかります。私が大沼へ進駐軍宿舎の検分に行つた時、将軍自らが家屋の隅までもよく検査し、僅か一時間足らずで仕事を終りそのスピーデイには驚きました。

 このような報道を通して函館市民の間には、仕事は「始終秩序正しくスピーデイ」に処理するが、それを離れたときには「上官も部下もなく全く友人」のように振る舞うアメリカ軍の姿は、かつての帝国陸軍との対比で極めて新鮮に写り、アメリカ軍に対する好感情のイメージが膨らんでいったことであろう。
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