通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


「函館市史」トップ(総目次)

第3章 戦時体制下の函館
第2節 戦時体制下の産業・経済
3 戦時下の港湾産業
4 港湾運送業の戦時統合と自由労働者

第1次統合

第2次統合

自由労働者の登録と組織化

第2次統合   P1176−P1177

 第2次統合が、この3つの株式会社によって行われた。
 昭和19年10月1日、この3社が合併、資本金485万円の函館港運株式会社が創立された。役員は次の通りである。会長平塚常次郎、社長宮崎信太郎、副社長古川栄八、専務取締役斉藤五一郎、常務取締役矢島貞二・梅田重兵衛・菅原源太郎。
 前記木下宏平によれば、平塚常次郎、常務の梅田重兵衛は日魯系、常務の矢島貞二は日本郵船の人である。社長の宮崎信太郎は宮崎運漕店主で、北洋の魚、塩などを扱う艀船屋の筆頭。専務の斉藤五一郎は一印斉藤商店を経営する有力艀屋で、倉庫会社も経営し、北日本汽船、嶋谷汽船(定期船)などの藁工品を扱っていた。副社長古川栄八は北日本汽船会社(樺太命令航路)の荷役を主とする古川組をやっていた純粋の船内港運業者、常務の菅原源太郎は、日魯漁業関係の荷扱をしていた船内業者で松源といわれた。
 以上のコメントから、第2次戦時統合令により生まれた函館港運株式会社は、日魯、日本郵船系船舶、荷主の貨物を取り扱う港運業者、貯、船内業者を主力とした会社ということがわかる。従って、国鉄関係の港運業者は、この中には入っていない。これらは、別の組織を形作る。
 既に国鉄構内の荷扱を独占していた日通函館支店は、筏運送を行っていたし、臨港倉庫も手中にしていた。昭和19年、函館駅をあげて積卸をしていた石炭のうち、鉄道用炭の扱いについては、鉄道炭作業株式会社函館出張所(真砂町、資本金100万円、昭和17年3月21日設立、事業開始4月1日、昭和22年現在常傭労働者126名、現場職員5名)が担当していた。
「函館市史」トップ(総目次) | 通説編第3巻第5編目次 | 前へ | 次へ