通説編第3巻 第5編 「大函館」その光と影


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第1章 露両漁業基地の幕開け
第3節 露領漁業基地の展開
1 日露漁業協約成立前の露領漁業

ロシア政府の対応

カムチャツカへの進出

買魚の実態

*1 誤り。写真解説の斎藤豁三郎は後列右

カムチャツカヘの進出   P150−P152

 沿海州におけるロシア当局の規制が厳しくなり、日本人出漁者は買魚の形態で出漁を続けるものもあったが、沿海州の出漁を断念して、ロシア当局の監視が手薄なカムチャツカ方面に転換するものも現れた。このほかカムチャツカの豊富なサケ・マス資源にひかれた新規の参入者も加わり、この頃から露領漁業の中心がカムチャツカ方面に移行することになった。
 この先鞭をつけたのは函館の貿易商斎藤豁三郎である。彼はロシア語に通じ、ウラジオストクやニコラエフスクを往来して水産物貿易にも従事していた。明治32年ウラジオストク在住の貿易商ブリーネルと買魚契約を結んで、カムチャツカに観陽丸と長英丸の2隻の帆船を送り、わずか半月の間に900石のサケ・マスを漁獲して函館に輸入した。これは、日本の漁業者が初めてカムチャツカに出漁した事例とされている(『函館市史』通説編第2巻)。

明治32年出漁の記念写真
前列右から2人目:ブリューネル
後列左:斎藤豁三郎(*1)

観陽丸と長栄丸の輸入証明書
(「各国領事往復留」函館税関蔵)
 だがカムチャツカ地方においてもロシア当局の監視や取り締まりが次第に厳しくなり、この地方への出漁においても、沿海州と同様、買魚、あるいはロシア人名義の形態をとるようになった。
 この時期の出漁事情については、カムチャツカに出漁していた函館の北海産業合資会社が外務大臣に提出した文書がある。この文書は、漁業協約交渉にあたる外務当局に、露領漁業に対する日本側の漁業権益について具申したものだが、ここには、当時のカムチャツカ出漁の具体的状況が示されているのでその一部を紹介しておこう(「日露漁業協約締結一件」外交史料館蔵)。
 まず、明治33年の出漁状況について、「函館大町北海産業合資会社ヲ始メ各種ノ漁業者ハ皆資金ヲ放下シテ同嶋(カムチャツカ半島・筆者注)西海岸ニ於テ開発的漁業ヲ試ム。同社ハ汽船伊吹丸、頼朝丸、北州丸及ビ外国船ヲ借リ入レ食塩其他漁網漁具ヲ積載シ数百ノ漁夫ヲ引率シテ同嶋西海岸コーロ、ウヲロスカヤ、カンパコワ、クールトコルノ各漁場ニ於テ建網曳網ヲ為シ盛大ニ漁業ヲ営ミ傍ラ村民ト貿易ヲ為シタリ。其他汽船北辰丸ヲ以テ同嶋西海岸ヲゼルナヤ、ヤウイナ、ゴリーキ、アパラノ各漁場ニ於テ漁業ヲ行ヒタリ。其他帆船東英丸外一九隻ガ同嶋西海岸キシカ、キクチク、ヲポロコメナ、イーチャノ各漁場ニ於テ漁業ヲ行ヒタルモノアリ。故ヲ以テ堪察加ノ漁業ハ初年ナルニモ不拘大ニ繁盛ヲ致スベシ。是レ北洋漁業者ノ斎シク規図スル所ナリ。」とあり、この年の出漁は、ロシア当局の制約を全く受けることなく、日本人漁夫を使い曳網、建網によって自由に操業(密漁)ができたようである。
 しかし、翌34年には、「露国ハ禁止的海産規則ヲ発布シタリ。ココニ於テ北洋ノ漁業モ殆ド絶望ニ属セントス。我々ノ遺憾コノ上ナシ。然レドモ開発的此漁業ハ到底一年ニシテ已ムベカラズ。勇奮一番終ニ帆船三十隻ノ儀装ヲ見ルニ至リタリ」とある。前に述べたように、この年、ロシア当局は新たな規則を制定して外国人の漁業を禁止しているが、多数の漁業者があえてその禁を犯して出漁したことが窺われる。
 そして35年は「露国ニ於テ益々日本人の出漁ヲ禁止スベク海産規則ヲ励行シ義勇艦隊ヲシテ之ヲ警衛セシム。依テ露国人名義ノ下ニ買魚ノ方法ヲ立テ出漁スルノ已ムヲ得ザルニ至リタリ」とあり、この年になって、ロシア人名義、あるいは買魚の形の出漁が始まったようである。しかし、「露国人ノ機慧ナル漫リニ海産規則ヲ利用シテ暴利ヲ貪取セン事ヲ企テタルヲ以テ日本人ハ実ニ手ヲ束ネテ傍観スルノ悲境ニ陥リタリ。然レドモ此厳酷ナル規則ノ制裁ヲ受ケツツ帆船六十隻ノ出漁ヲ為シタリ。此内五隻ハ同艦隊ニ漁網ヲ没収セラレ又ハ破船シタルモノナリ」とあって、ロシア当局の取り締まりが極めて厳しくなってきたことが示されている。
 さらに36年には、「露国海産規則依然トシテ厳重ナルニモ拘ハラズ露国人名義ノ下ニ出漁シタルモノ帆船五十隻アリタリ。此内拾壱隻ハキシカニ於テ同艦隊に捕掌セラレ六隻ハ破船シタルモノナリ。尚ホ本年度ハ更ニ露領ヲコック沿海ニ出漁シタル帆船六十隻許アリシ為メ堪察加ノ出漁ハ昨年ニ比シテ大ニ減ジタリ」として、ロシア当局の取り締まりが一層厳重になったこと、しかし「日本人漁業者ハ……不撓不屈幾多ノ危難ヲ冒シテ飽迄露領堪察加及ヲコックノ貿易ヲシテ益々盛大ナラシムル事ヲ期セリ」とあって、露領漁業にかける日本の漁業者の執念が滲み出ている。
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