通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世


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第5章 箱館開港
第13節 教育・学芸・衛生
3 衛生

疾病/医師

御雇医師/外国人医師と施療

箱館医学所(兼病院)/医師の取締

ロシア病院

種痘の先駆

種痘の普及/水腫病対策/薬物と売薬行為

種痘の普及   P682


ゑぞ人うゑほうそうの図
 安政4年箱館奉行はアイヌが天然痘で多く死ぬのを憂い、桑田立斎を東蝦夷地に、深瀬洋春を西蝦夷地に遣わし、アイヌ、和 人の別なく種痘を施し、翌5年にも洋春を斜里および北蝦夷地(樺太)に、井上立長を千島に派遣して種痘をさせた。この年の3月には、箱館近郊の諸村からも実施の請願があったので、田沢春堂に命じて巡回種痘を行った。これらの巡回種痘はわが国最初の大量種痘であった。深瀬洋春は父が羽州米沢から箱館に渡った町医師で、洋春は箱館で生まれた。江戸に出て竹内玄同、佐倉の佐藤春海に学び、安政4年慕命を受けて立斉と共に蝦夷地の巡回種痘を機に、郷里箱館に落着き、万延元年箱館医学所頭取に挙げられ、文久元年には武田斐三郎の指揮する亀田丸に乗って露領ニコライエフスクに至り、同地長官の病を治した人でもある。

水腫病対策   P682−P683

 蝦夷地に越冬する和人が、水ぶくれになり、顔がむくみ、腹が太鼓のようになって苦しみ死ぬという奇病は、水腫病といわれ、寒気よりくるとか、野菜の欠乏からくるとかいって恐れられたが、安政3年箱館奉行はこれが対策に乗り出し、宗谷詰調役梨本弥五郎の案をいれて、入港した英国船にならって箱館の職人にクワヒルというものを22個作らせて奥地に配分した。クワヒルとはオランダ語で、いまのロストル付きの石炭ストーブのことである。またコーヒーを取り寄せ、各場所に配布するなど、越冬方法の改善に努力している。

薬物と売薬行商   P683

 アイヌは野生の草根木皮を経験によって薬に使用したが、和人は種々の薬物を発見し、幕府の採薬使がしばしば派遣され、天明元(1871)年の『松前志』には、132種もの薬物が出ている。人参・附子(ぶし)・イケマ(毒消し)・エブリコ(落葉松に寄生する菌(きのこ))・膃肭臍(たけり)・熊胆・鹿角・オクリカンキリ(ざりがにの石)など有名であるが、別に箱館近在の薬草として、川(せんきゅう)・忍冬(すいかずら)・苟薬(しゃくやく)・木通(あけび)・和附子(とりかぶと)・黄蓮(おうれん)・半夏(ほそぐみ)・蒼求(おけら)・沢潟(おもだか)・苓(いのくそぐさ)・商陸(やまごぼう)・葛根(かっこん)・厚朴(ほう)・大黄(だいおう)などが見られる。売薬行商では松前の才田屋勘七・斉藤平角・富山反魂丹の太田屋などが有名である。
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