通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世


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第5章 箱館開港
第13節 教育・学芸・衛生
3 衛生

疾病/医師

御雇医師/外国人医師と施療

箱館医学所(兼病院)/医師の取締

ロシア病院

種痘の先駆

種痘の普及/水腫病対策/薬物と売薬行為

箱館医学所(兼病院)   P676−P678

 医学所の誕生については、当事者の1人である栗本の『匏庵遺稿』に詳しく記されている。それによれば安政6年市中医師は、病院建設を協議し、匏庵と塩田順庵が医書の講義をして、その報酬を積んで100両となるの待って官に請願し、土地を借りて小堂を建て、山ノ上町の娼妓の梅毒治療を引受け、併せて貧民の施療に当ることを企てた。
 ところが翌万延元年、ロシア領事が、市民のために病院を新設するといううわさが出たので、医師たちは驚き、すでに自分たちの計画もあるし、他国人にここまで手を出されては困るとして、ロシア病院より先に実現させようと急ぎ、匏庵と順庵が主になって、医師たちの醵(きょ)金を基にし、奉行、諸吏員、御用商人などからも献金を得、山ノ上町(いまの姿見坂上辺)に建物を建てて「箱館医学所」と名づけることにしたのである。
 計画は進み、同年の冬、奉行竹内保徳が交代で江戸に帰るという事情もあり、その前に上棟式を見せようと工事を急がせ、年内に式を挙げたところ、その夜ひどい暴風雪となり、建物は倒壊するという悲劇が生じた。
 そこで翌文久元年、春の雪解けを待って再建することにしたが、資金に窮し、町年寄、名主らに諮って、山ノ上町の妓楼の積立金2000両余を借り、娼妓の治療代と相殺することにした。建物は匏庵の案で玄関、診察所、調薬室、製所、講堂、男婦病人寄留所など200余坪、倒壊したものより大きくして再建した。

栗本匏庵

明治4年新築の函館病院(北大図書館蔵)
 この医学所というのは、江戸の医学館に準じたもので、医学館は官医および子弟の教育機関であったが、匏庵もかつてここで経書を講じたことがあり、その組織をまねたものであった。加えて前記のように娼妓の梅毒治療、貧民への投薬施療をも目的としたから、医師の研究機関であると同時に、兼病院でもあった。そのために『匏庵遺稿』には、単に「病院」とあり、別に「施療院」と記したものもあり、「医学問所」とか「医学所兼病院」とするものもある。
 匏庵の案で5人の頭取(下山仙庵・田沢春堂・深瀬洋春・永井玄栄・柏倉忠粛)が選ばれ、その下に7人の世話役(高木敬策・米内栄健その他)が置かれた。施療の方は輪番で日直を定め、治療を請う患者を診察し施薬した。医学の研修は、当時市中にいた総数40人近くの医師たちを裨(ひ)益した。このころの医師のなかには、その素養に乏しいものが少なくなく、また漢洋混然とし、時には、まじないを併用するものもあったので、この時も柏倉忠粛の案で、講堂の床の間中央に、大乙貴(おおなむち)、少彦名(すくなひこな)らの薬神に祷の字(竹内下野守筆)を添えた軸をかけ、右に神農像(匏庵の祖父瑞仙院法印筆)、左に古代ギリシヤの医師ヒポクラテス像(菊地容斉筆、春堂所蔵)を掲げた。
 このようにして医学所兼病院ができ、これが今日の市立函館病院となって、本道保健衛生史上に大きな功績を残すのであるが、その誕生には市中の医師の総力が結集されたのである。わけても栗本匏庵の努力によるところが大きい。彼は名は鯤、通称を瀬兵衛といい、匏庵または鋤雲と号した。幕府官医喜多村槐園の3子で、栗本氏を嗣ぎ、昌平黌(こう)などに学び、安政5年蝦夷地在住を出願して許され、文久3年10月江戸に帰るまで、医学所の創設に当たったほか、殖産、土木など種々の仕事を所管し、七重村薬園の開設にも功があった。文久2年には医籍を改めて士籍に列せられ、箱館奉行組頭に任じられた。慶応3年江戸で外国奉行のまま箱館奉行も兼ね、フランスに派遣されている。明治の世となるや報知新聞主筆などもつとめた。

医師の取締   P678

 医学所の出現は、また本道医師界の進展にも大きく寄与するところがあった。幕府は前直轄、再直轄の両時代とも、江戸で雇った医師を蝦夷地の要所に配置していたが、松前藩復領の時も藩は蝦夷地の勤番所に医師を駐在させた。しかし、このほかに旅医師で勝手に蝦夷地を徘徊して、薬を高く売って歩く者もあった。そこで箱館医学所の設立を機に、文久2年その取締りに乗り出し、鑑札を発行してこれを持たない者の横行を禁じた。なかには偽薬を売って歩く徒輩もあり、人命にかかわる問題として重視し、以後は必ず箱館医学所の改めを受け、鑑札を所持するようにした。『開拓使事業報告』の記録には、「医学講習規則を定め、且箱館所轄開業医師取締規則を設け、各地方医を業とする者の品行を糺し、印鑑を交附す」とあって、医学所出現の意義はこの点でも大きかった。

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