通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世


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第2章 松前藩政下の箱館
第6節 箱館の産物及び人口

海産物/昆布の種類/箱館六箇場所の和人

昆布税

鰊漁/鱈漁/鰯漁/鮭漁/鰤漁/鮑漁

戸口の増加

海産物   P399

 この時代の箱館・亀田地方の産業および生活についてみると、このころすでに若干の農耕もみられているが、しかし生活の中心をなすものは海産であった。海産物は昆布をはじめとし鰊・鱈・鰯・鰤その他種々の魚介が挙げられるが、なかでも昆布がその最たるもので、松前西部の鰊と相対して両大産物であり、箱館商業の生命は主としてこの昆布の
集散にあった。以下『函館区史』によると、当時の水産物は次の通りである。

昆布の種類   P399−P400

 この地方の昆布は真昆布といい、また本昆布ともいわれ、その産地は西はいまの上磯郡から東は内浦湾に至り、亀田・茅部の2郡が最も多産した。『庭訓往来』に「宇賀昆布」と記されているのは、亀田郡小安村ウンカ川付近から産出したので名付けられたという。また後に志海苔昆布と称されたのは、志海苔海岸から採取されたのでその名がある。けれどもその最も優良なものは、茅部郡尾札部(おさつべ)・川汲(かっくみ)および臼尻近傍から出し、志海苔産はこれに比べると薄くて品質がやや劣ったという。昆布は通例暖流に寒流の交流する潮の穏やかな所の岩礁または石礫に根ざし、干潮の最低線から生ずるというが、4〜5尋(ひろ)から7〜8尋の間において最も繁茂し、地勢によっては24〜5尋の所にも生ずることがある。またガモメという昆布もあって、汐首岬から茅部郡沿岸の深さ2尋から5尋くらいの所に真昆布と混生し、その長さが3尺ないし7尺、幅5〜6寸である。そのほかシオホシコンブは恵山岬付近に生じ、日高の三石昆布の同類といい、ヤヤコンブは函館旧台場付近に産し俗にダイバコンブともいったという。

箱館六箇場所の和人   P400

 昆布の採取も箱館、亀田近辺からしだいに六箇場所(小安・戸井・尻岸内・尾札部・茅部・野田追)に及んだが、六箇場所は蝦夷地に属していたので、和人は、はじめ出稼ぎしてアイヌとともに採取し、その後いつかその地に土着するものもあり、小安場所のごときは寛文年間に数戸の和人部落を見るようになった。採取季節については、「春はソウマイ昆布と申し三〜四月頃は最中、本昆布は六、七月より外、法度に御座候」(『松前東西管窺』)とあって、採取期についての禁制があった。なおソウマイというのは棹前という意味で、本昆布は多く棹で採るところから、いわゆる季節前の若生いを採ることをいった。
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